東京のスリバチ

五十嵐  では、そろそろ質疑応答を始めたいと思います。スリバチ学会の人、来られてますか?

皆川  東京スリバチ学会の会長をしている皆川と申します。
 東京山の手の地形というのは台地と岬と、スリバチと呼んでいる谷地からできているんです。それを意図的に横断するように歩くと、都市の景観が非常にドラマティックに変化する。短い時間でも風景が変わる様子を楽しめるということで、みんなを連れてスリバチマップというのをつくっています。ほとんどアースダイバー地図に近いんですけど(笑)。

中沢  そうなるでしょうね(笑)。

皆川  スリバチ状の地形を景観的に見ると、スリバチの法則というのがありまして、東京の街のスリバチの底には低い建物があって、高台には高い大きな建物がある。つまり自然の地形を増幅するように都市景観が形成されているという見方をしているんですね。 中沢さんは東京を歩かれて、これはすごいスリバチだ! と気づかれたものはありますか? もしあれば、その感想もあわせて教えていただけますか?

中沢  赤坂から麻布にかけての六本木界隈にはすごいスリバチがあるなという印象がありますね(笑)。とくに強い印象を受けたのは、六本木の我善坊谷のスリバチ。六本木の繁華街を抜けていくと急に傾斜面がひろがって、上から眺めると大きなスリバチのようになっています。会長はどのあたりがお気に入りですか?

皆川  おすすめのスリバチは、元麻布にある蝦蟇池周辺の下町系局地スリバチや、薬園坂衆楽園の釣り堀のあるあたりですね。

中沢  たしかに、あれもイケてますね(笑)。あれは、異様な釣り堀です。僕はあそこでへら鮒を釣ったときほど、死とはなにか、哲学に思いを凝らしたことはないですよ(笑)。一緒にいた友人に、蝦蟇池の向こうのマンションに浜崎あゆみがいるんだといわれて、その風景全体がある別の意味を構成したことがあった。おもしろかったですね。

宮本  僕もスリバチ学会のフィールドワークに参加したことがあります。場所は赤羽あたり。僕の歩き方はスリバチに対して縦断的なんですが、スリバチ学会は明らかに横断的ですよね。潜って、上がって、潜って……を繰り返す、そんな動き。

中沢  ポーの「メエルシュトレエムに呑まれて」ではないですが、自転車を押しながらなるべく螺旋で降りていきます。ああいう場所に建っている家というのは、味があるんですね。そういうところを歩いていくと、おじいさんたちからうさん臭い目でみられる(笑)。そうやってボトムにたどり着く。それが快感ですね。岬に関心はないんですか。

皆川  関心あります。スリバチと岬は陰と陽の関係ですから。でも、岬から見るスリバチに魅かれますね。

推理小説としての建築

石川  スリバチ学会副会長の石川です。好きなスリバチは赤羽台です。赤羽台あたりにいくと、地形が生のまま空と接しているような気がしていて、そのプリミティブなワイルドさが好きです。 都心では、最近パワフルな人たちがスリバチを潰して、そこに高い塔をたてて「丘」という名前をつけています。そういうスリバチの記憶を消そうとしているところに入っていって、封殺されたはずのスリバチを無理やり見つけることも好きです。六本木丘(ヒルズ)にしても、低層部の階段や斜路に原地形が残っている。
 ちなみにわが家は深大寺の近くの崖線の縁にありますので、もしよろしければ崖線住宅にもぜひ(笑)。

中沢  そうですか、近くにおりますので(笑)。

石川  地図好きな人が自慢の自作の地図をもってきて、それを見せ合って鑑賞し合うという「地図ナイト」いう集まりがあるんです。そのとき、東京の標高10mのところだけを歩きまわって写真を撮っているという人もいて、それが海岸の風景に見えると主張していたので、僕もすごい盛り上がりました。『アースダイバー』以降、地形フェチがどんどん発掘されてきていて(笑)、非常に励みになりました。

中沢  いやいや、これからまだまだやりましょうよ(笑)。

石川  宮本さんの環境ノイズは、『10+1』に連載を書かれていたころから注目していたんです。連載を重ねるにつれて増していく暴走感覚。今回の本のなかで、台風が脊梁山脈でコースを変えるのも環境ノイズだって書かれているのには、そこまでいうか(笑)と思いました。
 でも、そういうエレメントをノイズとおっしゃるところが建築家らしいところだなあと思うんですね。破綻しているものに対してグリッドのようなものを浮かび上がらせ、グリッドの意図を読んでいるような手順が感じられるんです。ある意図と個別の事情みたいなものがぶつかり合うところに、齟齬というか、おもしろい事態が発生するわけですから、建築に限らずあらゆる設計行為というのは、ノイズ発生という行為じゃないかと思うんですね。
 さきほど宮本さんは、実践にうまく反映できないといっていましたが、アプローチが逆だったら変わってくるんじゃないでしょうか。つまり、もともとノイズ的なものがあるところにグリッドのようなものを見出していくのとは逆のプロセスがあれば、もう少しものづくりに結びつけていけるんじゃないかという気がしました。

宮本  その指摘はすごく興味深いです。建築家の習い癖のようなところがあって、景色を見るときに補助線を引く癖がある。最近はCADで図面を描くので、あまり補助線は引かなくなりましたけど、手描きのころはまず補助線を引いてから、そこに形を浮かび上がらせるという図面の描き方をしていたんです。いつもゴーグルみたいなのをつけていて、ピピピピッと空間に線を入れてしまう自分がいるんですね。

中沢  推理小説の構図をもたせることが必要なんじゃないですかね。推理小説は補助線が引けないんですよ。森を上から見ているわけではなく、下草をとっていく狩人みたいなものですから。ときどき星を見上げたりして、なかから地点を測定しながら進んでいく。ポリネシアの航海術で、いま石川直樹君がやっているような、星を目当てにしながら航海していく方法と同じようなものです。
 科学は最初から俯瞰して、この地点からこの地点に補助線が引けるということを前提にしてしまうけれど、それはひとつの抽象じゃないのかなという気がしています。補助線は最後に見出されるものとして追求していく。推理小説としての建築を目指せばいいわけですよ。

宮本  なるほど。といいながら難しいですね(笑)。

奥の院、参道という見立て

五十嵐  今後の課題が見えてきましたし、アースダイバー効果も実感できますね。ほかに、どなたかいらっしゃいますか。

参加者B  大変興味深い話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。私は、日本の商業施設が成立するうえで、参道と奥の院というのがけっこう重要なんじゃないかという気がしています。
 たとえば、新宿駅から伊勢丹に伸びる新宿通りが参道で伊勢丹が奥の院というふうに、街並みをつくるうえで、参道と奥の院がいろいろな要因になるんじゃないかと。つまり、空間をなにかに見立てるという視点だと思うんですが、そのあたりについて、宮本さんと中沢さんご意見をいただけたらと思います。

宮本  環境ノイズとは関係ないかもしれないですが、僕は大学で建築や都市の設計を教えているので、学生作品をエスキスするわけです。そのとき、いまおっしゃったような、ここを参道に見立てて、ここは奥の院だということをポロッといってやると、学生の都市の見方が変わって、しょうもない作品が突然おもしろく見えてくることがあるんですよ(笑)。まあ、レトリックではあるんですが、われわれはたしかにそういうことを常に考えながら設計しているところがありますね。

中沢  参道と奥の院は原型としてあると思いますよ。ただ、伊勢丹が奥の院とはあんまり思わない。だったら、むしろその先の2丁目が奥の院でしょう(笑)。
 高野山をみてみると、門前町、金剛峯寺があって、そのずっと奥に奥の院があります。そこになにがいらっしゃるかというと、弘法大師のご遺体があるわけですね。ミイラがある。いちばん古いポイントが奥の院となって、そこが墓地であるケースがすごく多い。神社に墓地、死体を埋めていることは異様なことに思われるかもしれませんが、古い時代に遡るほど日本の神道というのは、いちばん奥に死者を埋葬していることが多い。そこに聖地の中心部ができます。それから本道ができて、両脇に見世物屋ができ、それから商店がまっすぐ続くという構造がつくられるんですね。
 奥の院というのはかなり深い意味をもっているから、新宿の奥の院がなにかというのは、すごく大きな問題ですね(笑)。渋谷の奥の院はちょっとわかりやすくて、やはり円山町から神泉にかけての谷だろうなあと。宗教の構造と世俗の都市というのを見立ててみたとき、たしかに新宿には奥の院、参道それから見世物屋が並んでいるように思えます。
 伊勢丹を奥の院と見立てる感覚で新宿を見ると、伊勢丹の周辺の空間が逆転して、見世物小屋にあたる映画館が発達してくるようになるかもしれない。すると、新宿駅というもののとらえ方が変わるかもしれませんね。そして高島屋が出てくると、新宿の構造がまた変わってくる。高島屋の奥の院というのはどこなんだと(笑)。
 見立てとして奥の院と参道の構造というのは、あるところでは成り立っていると思いますけど、いまそれほど有効になりえているかというと、僕はちょっと疑問ですね。

五十嵐  ありがとうございました。今日は今後の展開も含みつついろいろな話ができたと思います。最後に、中沢さんと宮本さんに拍手をお願いします。

東京スリバチ学会会長の皆川さん
東京スリバチ学会副会長の石川さん