日本人の非線形思考と空間構造
中沢 宮本さんのお話は大変おもしろかったです。
環境ノイズエレメントというコンセプトは、アメリカやヨーロッパの思考では、出てこないものなんじゃないかなと思いました。こういった感覚は日本人だけとはいわないまでも、台湾、フィリピン、タイ、そういうところの人たちの思考方法の根っこにあるなにかとつながっている感じを受けるんです。この環境ノイズエレメントと僕のアースダイバーが表現していたものの本質っていったいなんなのか。いろいろなふうに表現できると思います。
たとえば一般市民が住んでいるところに、ヤクザ屋さんみたいな人がひとりいると、市民はなかなかその人の土地に踏み込んでいけない。それで、そこがロータリーみたいになって、そのまわりに一般市民の世界が展開する。このロータリーの中心部のヤクザ屋さんみたいなものが市民社会のなかに残ってしまっている。日本人が発達させてきた時間の感覚にはそういうものがあると思います。
梅原猛さんの怨霊史観というのがありますが、それは、非業の死を遂げた人がいた場合、その人のことを次の時代の人が処理して完全に忘れてしまうことができないということです。その人の恨みが、生きている人間にかなり強烈な力を及ぼし続けるという信仰があった場合、この非業の死を遂げた人の気持ちをなんとか処理するために鎮魂しないといけない。その人がいた、生まれた、あるいは関係のあった場所に神社をつくって鎮めなくてはならない。
これが、さっき宮本さんがおっしゃっていた素材と加工というのに対応しているかなと思うんですが、素材というのは、ある歴史上のかなり悲惨な事件なんです。それを処理してしまえば人間はどんどん先に進めるというふうに、どうも考えられなかった。昔起こった事件は未来にも影響を及ぼす恐れがあるから、それを加工していまの世界のなかに記憶の場所を設けておこう。こうして鎮魂の場所ができるんです。日本の神社の多くは、そういった鎮魂の場所にできています。
古墳に手をつけられないというのも、このような考え方と関係していると思います。時間を直線的に積み重ねて進めていくことができない日本人が発達させた、過去の事件を常に現在や未来に送り込んでいくという時間の感覚。いってみれば非線形という渦巻き状の時間の感覚をもっていると、どうしても空間処理にこういうことが起こってくるんじゃないか。
つい先日のことですが、僕のいる多摩美術大学の図書館開館式典のときに設計者の伊東豊雄さんと対談をしました。伊東さんは、非線形という原理を立てて近代建築の線形性とは違うことを追求してみたいといっておられて、僕はその思想を聞いているうちに、これは地鎮祭の本質とかかわっているなと思ったんです。
建築家は、地鎮祭をやればその上に好きな建築を建てることができると思っているようですが(笑)、字を見ればわかるように、地鎮祭は地の神を鎮めるということです。人間が勝手に家を建てると、地中にいる神様が怒るんですね。自分の考えとは違う考えにもとづいたものが自分の上に建てられるわけですから頭にくる。その怒りを鎮めるために地鎮祭をやる。
大地の下で動いているものというのは、過去のものが現在に組み込まれていたり、未来が現在に影響を及ぼしたりという渦巻状の非線形をつくっています。それに対して、建築は線形的な思考方法ですね。過去の影響力はエポックごとに切れているから、先には影響を及ぼさない。時間は過去から現在、そして未来へと進んで歴史は進歩していくという考え方が基本にあります。平安時代、奈良時代でもそうだったんじゃないかと思うんです。だからどうしても地鎮祭をしなければならなかった。
ところが、伊東さんがいうような非線形の建築をつくるとなると、一般的に行われているものとは異なる、新しい地鎮祭を発明しなければいけないのではないか。これまでの地鎮祭では、地の神に向かって、これからこの上に、建築家が考えて強度計算もした、合理的で均質な空間をつくります、本当に申し訳ないと思っていますので怒らないでください、といってお酒を注いだりしますが、非線形の建築をつくるときには、地中にいる蛇や龍が地面に現れて、『Dances with Wolves』ではないですが(笑)、一緒になって踊るとか、『ゲド戦記』にあるような、龍との対話をするとかそういう新しいタイプの地鎮祭をしなくてはならないのではないかと。
さきほど、環境ノイズエレメントの話のなかで宮本さんは、素材に加工を加えるといっていました。たとえば、合理的に均質空間をつくろうとしたり、道路を通そうとしたとき、そこに必ずなにか影響を及ぼすものが出てきて加工されるわけです。なにによってこの影響が与えられ、加工をうながしているのかを考えてみると、過去の時間の処理方法には日本人独特の非線形のやり方があって、それが空間の構造にまで及んできているんだなという印象を受けたんですね。
僕はアースダイバーという研究のなかで、研究といっても自転車に乗っていただけなんだけど(笑)、大地の上に罰当たりな近代都市がつくられているとは考えたくなかった。実際、自転車に乗ったり歩いたりして、東京はそんなふうにはできていないというのがよくわかりました。つまり、別のノイズや要素が入り込んでいる。その要素が噴出している地点をいっぱい探してみました。
縄文時代の地形をいちばんわかりやすい形で残している沖積層と洪積層の地図と東京の地図を重ねてみると、現在の東京は縄文時代の地形と異質なものがつくられているのではなくて、ふたつのあいだには非線形に入り組んだ愛情関係のようなものが働いているんですね。
かなりひどいこともやっています。いろいろなところで怒っていると思います。荒俣宏さんは、平将門の地霊のようなものが東京の地下のなかで常に怨念を抱えていると『帝都物語』で表現していますが、それは東京のとらえ方として、たしかに当たっていると思うんです。
しかし僕の考えというのは、縄文、弥生、古墳へといたるあいだにも東京に住みつく人はいたし、平安末期に最初の都市設計の礎石が置かれてから都市が長く形成されてきて、爆撃を受けたり、建築ラッシュが起こったりしたにもかかわらず、大地とその上の都市空間には単純な対立関係はなかったということです。大地の下の原理とその上につくられる都市の入り組んだ愛情関係、つまり非線形の関係という原理がいまにいたるまで生き続けている。そうしてみると、この都市は全然均質じゃなくなってくるわけです。
とりわけ渋谷あたりを歩いていると本当にそう思います。円山の少し削れたあたりでさん然と輝くラブホテルが現れてくるのを見ると、それは東京なりの複雑な過去の組み入れ方なんだとわかる。
僕は最近、「大阪アースダイバー」というものをやるため、大阪で自転車によく乗っているんですが(笑)、大阪は東京よりもっとストレートにこれが出ていますね。渋谷では、もう少し複雑に隠したり渋いやり方で表現しているんですが、大阪の場合、ここには過去なにがあったのかすぐにわかる。なんでここに落語家が住んでいたのか、スッとわかる構成をしている。僕は、大阪の人たちのストレートな非線形思考がけっこう気に入りました(笑)。
しかし基本的にこの列島上に生きた人たちは、過去に自分が抱えていたものを清算することなく未来に繰り込んでいくという思考方法がとられているんですね。それはある意味で日本人の弱点といわれたものです。日本人はいつも自分のなかに過去を繰り込むから、右足と左足が不均衡な状態のまま前に歩いているようなものだ。だから日本人の考えはダメだと、戦後の民主化や合理主義という考え方が世間を席巻していたときにいわれてきた。でもそれは違うというのが僕の考え方です。そういう歩き方しかできない日本人の歴史感覚の原因をたどっていってみると、どうもこの非線形思考というのにたどり着いていくわけですね。それを宗教で表現されると怨霊信仰になったり、環境で表現されるとノイズの独特の組み込み方になっていくんだなという印象を受けます。
じつは、東京のもっと微細なアースダイバー地図をつくりたいと思っていたので、宮本さんのこの本から大きく影響を受けさせていただいて、利用していきたいと思います(笑)。そんなところです。